
ホーチミン市で、2026年上半期に狂犬病による死亡が5人確認されました。
このニュースで最も重要なのは、亡くなった5人全員が、動物にかまれたり引っかかれたりした後、狂犬病ワクチンと抗狂犬病免疫グロブリンによる処置を受けていなかったことです。
さらに、5人のうち40%は、傷口に民間薬を塗るなど、適切ではない処置を行っていました。
狂犬病と聞くと、
「激しく暴れている野犬に、深くかまれた場合だけ危険なのでは?」
と思う方もいるかもしれません。
しかし、感染した動物の唾液が傷口や粘膜へ入れば、軽い引っかき傷でも曝露に該当する可能性があります。
WHOは、出血を伴わない軽い引っかき傷や擦り傷も「カテゴリーII」の曝露とし、傷口の洗浄と速やかなワクチン接種を推奨しています。皮膚を貫くかみ傷や引っかき傷、傷のある皮膚や粘膜へ唾液が付着した場合などは「カテゴリーIII」とされ、ワクチンに加えて狂犬病免疫グロブリンなどが必要になります。
今回は、
- ホーチミン市で確認された5人の死亡事例
- なぜ傷が治っても安心できないのか
- 動物にかまれた直後の応急処置
- ワクチンと免疫グロブリンの違い
- ベトナム旅行中に被害に遭った場合の対応
について整理します。
動画でも解説しています
この記事は、当YouTubeセカンドチャンネル動画をもとにしています。
今回のホーチミン市における狂犬病死亡事例と、動物にかまれた場合の対応については、YouTubeでも解説しています。
動画で確認したい方はこちらをご覧ください。
2026年上半期に狂犬病で5人死亡
ホーチミン市疾病管制センター(HCDC)は、2026年1月から6月までに、市内で狂犬病による死亡が5人確認されたと発表しました。
地域別の内訳は次のとおりです。
- ロンハイ村:3人
- クチ村:1人
- ホアヒエップ村:1人
5人全員が、動物による曝露後に狂犬病ワクチンと抗狂犬病免疫グロブリンを受けていませんでした。
また、40%は傷口へ油や民間薬を塗ったり、「毒抜き」と称する処置を受けたりするなど、不適切な対応をしていました。
これは、
「犬や猫にかまれた場合、傷が小さくても医療機関へ行く必要がある」
ということを示す、非常に重い事例です。
現在のホーチミン市は以前より広い
ロンハイと聞いて、
「ホーチミン中心部ではなく、旧バリア=ブンタウ省の地域では?」
と思った方もいるかもしれません。
2025年7月1日、ホーチミン市はビンズオン省およびバリア=ブンタウ省と統合され、現在は以前よりも大幅に広い行政区域となっています。
したがって、今回の5人という数字は、
ベンタイン市場、1区、レタントン周辺など、旅行者が多い中心部だけで5人が死亡した
という意味ではありません。
旧バリア=ブンタウ省の地域なども含む、現在のホーチミン市域全体の数字です。
ただし、中心部であれば狂犬病の危険が完全になくなるという意味でもありません。
旅行者が動物へ不用意に近づかない方がよいことは、場所にかかわらず同じです。
5人全員が曝露後ワクチンを受けていなかった
HCDCによると、死亡した5人は全員、動物にかまれたり引っかかれたりした後に、狂犬病ワクチンを受けていませんでした。
狂犬病は、かまれた直後に症状が出る病気ではありません。
WHOによると、潜伏期間は一般的に2~3カ月ですが、1週間から1年程度まで変動することがあります。
傷の位置、ウイルス量、傷の深さなどによって、発症までの期間は異なります。
そのため、かまれた直後は元気で、傷も数日で治ることがあります。
すると、
「傷が治ったから感染していなかった」
「犬も普通に見えたので大丈夫だった」
と思ってしまう可能性があります。
しかし、皮膚の傷が閉じたことと、狂犬病ウイルスが体内へ入っていないことは別です。
症状が出ていない時期に適切な曝露後予防を受けることが重要です。
発症するとほぼ助からない
狂犬病ウイルスは、感染部位から末梢神経を通って中枢神経系へ進みます。
初期症状としては、発熱、痛み、傷口周辺のしびれ、チクチクする感覚などが現れる場合があります。
その後、ウイルスが脳や脊髄へ広がると、興奮、幻覚、けいれん、水を怖がる症状、まひ、呼吸障害などが起こります。
狂犬病は、臨床症状が現れると、ほぼ100%致死的です。
一方、症状が出る前に適切な傷口の処置、ワクチン、必要に応じた免疫グロブリン投与を受ければ、発症を防ぐことができます。
狂犬病は、
「症状が出たら病院へ行く」
では遅い病気です。
「動物にかまれた、引っかかれた時点で病院へ行く」
という考え方が必要です。
民間療法を選び、死亡した事例
HCDCが紹介した事例では、男性が運動中に犬にかまれました。
しかし、男性は医療機関で狂犬病ワクチンを受けず、「毒を抜く」と称する民間療法を選びました。
その後、狂犬病を発症し、病院へ搬送されましたが死亡しました。
本人としては、
「何もしていなかった」
わけではなかったのでしょう。
民間療法を受けたことで、
「処置は終わった」
「毒は抜けた」
と思っていた可能性があります。
しかし、薬草、油、民間薬、「毒抜き」などで狂犬病の発症を防げるという科学的根拠はありません。
HCDCも、動物にかまれた後は民間療法へ頼らず、速やかに傷口を処置して医療機関を受診するよう求めています。
民間療法に時間を使うことで、必要なワクチン開始が遅れる危険があります。
小さな引っかき傷でも危険なのか

狂犬病は、犬に深くかまれた場合だけ感染するわけではありません。
感染した動物の唾液が、次の場所へ入ることで感染する可能性があります。
- かみ傷
- 引っかき傷
- 擦り傷
- 傷のある皮膚
- 目、口、鼻などの粘膜
WHOは、動物との接触を3つのカテゴリーに分類しています。
カテゴリーI
動物へ触れる、餌を与える、傷のない皮膚をなめられるといった接触です。
適切な問診でカテゴリーIと判断されれば、通常は曝露後予防は必要ありません。
カテゴリーII
出血を伴わない軽い引っかき傷、擦り傷、皮膚を軽くかじられた場合などです。
傷口の洗浄と、速やかな狂犬病ワクチン接種が推奨されます。
カテゴリーIII
皮膚を貫くかみ傷や引っかき傷、傷のある皮膚をなめられた場合、唾液が目や口などの粘膜へ入った場合、コウモリと直接接触した場合などです。
傷口の洗浄、ワクチン接種に加え、狂犬病免疫グロブリンまたはモノクローナル抗体の投与が推奨されます。
つまり、血が出ていない軽い引っかき傷でも、自己判断で放置しない方が安全です。
飼い犬や飼い猫なら安全?
飼い犬や飼い猫であっても、必ず安全とは限りません。
動物の狂犬病ワクチン接種状況が分からない場合があります。
飼い主が、
「うちの犬は大丈夫」
と言っても、正式な接種記録を確認できない場合もあります。
また、かまれた時点では動物が普通に見えても、その後症状が現れる可能性があります。
動物の種類、ワクチン歴、健康状態、傷の深さ、地域の流行状況などを医療従事者が総合的に判断します。
自分だけで、
「飼い犬だから大丈夫」
「子犬だから感染していない」
と決めないでください。
犬や猫にかまれた直後にすること

犬、猫、サルなどにかまれたり、引っかかれたりした場合、最初に行うのは傷口の洗浄です。
石けんと流水で最低15分間洗う
WHOは、傷口を石けんと大量の流水で最低15分間、直ちに洗浄するよう推奨しています。
少量の水をかけるだけではなく、十分な時間をかけて洗ってください。
石けんがない場合も、まず大量の流水で洗浄します。
洗浄後に消毒する
可能であれば、ポビドンヨードなど、狂犬病ウイルスに効果が認められている消毒剤を使用します。
できるだけ早く医療機関へ行く
洗浄と消毒だけで終了してはいけません。
できるだけ早く医療機関へ行き、曝露後ワクチンや免疫グロブリンが必要か診察を受けてください。
傷が小さくても、出血がほとんどなくても、医療機関へ相談することが重要です。
傷口へしてはいけないこと
動物にかまれた後は、次のような自己処置を避けてください。
- 油や香油を塗る
- 薬草や葉を貼る
- 民間薬を塗る
- 「毒抜き」を受ける
- 傷口を強く焼く
- 医師の指示なく傷口を密閉する
- 数日間様子を見てから病院へ行く
HCDCは、「毒抜き」や民間薬に頼ることで必要なワクチン接種が遅れ、死亡につながる危険があると警告しています。
ワクチンと免疫グロブリンの違い
ニュースには、狂犬病ワクチンと抗狂犬病免疫グロブリンという2つの言葉が出てきます。
狂犬病ワクチン
ワクチンは、自分の免疫系に狂犬病ウイルスと戦う抗体を作らせるものです。
ただし、十分な抗体が作られるまでには一定の時間が必要です。
狂犬病免疫グロブリン
免疫グロブリンは、すぐに働く抗体を体外から投与するものです。
主にカテゴリーIIIの重い曝露で、傷口周辺へ投与します。
ワクチンによって本人の抗体が作られるまでの間、感染部位でウイルスを抑える役割があります。
ただし、動物にかまれた人全員に必ず免疫グロブリンが必要という意味ではありません。
必要性は、傷の状態、曝露区分、過去の狂犬病ワクチン接種歴などによって変わります。
医師の判断に従ってください。
動物を観察できる場合も受診を遅らせない
飼い犬や飼い猫であれば、一定期間、動物の状態を観察できる場合があります。
ただし、
「犬が元気なので、まず何日か待ってみよう」
と自己判断し、受診を遅らせない方が安全です。
最初に医療機関へ相談し、動物を観察できるかどうかも含めて、医師や保健当局の指示に従ってください。
曝露後予防が必要なカテゴリーII・IIIでは、WHOは遅滞なく対応を始めるよう推奨しています。
ベトナム旅行中にかまれたら
旅行中に犬、猫、サルなどにかまれた場合は、観光予定よりも治療を優先してください。
基本的な流れは次のとおりです。
- 傷口を石けんと流水で最低15分洗う
- 可能であれば消毒する
- 滞在先のホテルやツアー会社へ医療機関を尋ねる
- 海外旅行保険のサポート窓口へ連絡する
- できるだけ早く医療機関で診察を受ける
- ワクチンの種類、接種日、製造番号などの記録を保管する
帰国日が近い場合でも、治療を帰国後まで待たないでください。
現地で必要な初回対応を受け、残りの接種を日本で継続する場合は、接種記録を日本の医療機関へ提示します。
旅行中は動物へ不用意に触らない
最も効果的な予防は、動物にかまれたり引っかかれたりしないことです。
旅行中は、次のような動物へ不用意に近づかないでください。
- 路上にいる犬や猫
- 寺院にいる犬や猫
- 観光施設のサル
- ホテルやカフェで飼われている動物
- 子どもを連れている母犬や母猫
- 食事中や睡眠中の動物
かわいく見えても、突然驚いてかみつく可能性があります。
特に子どもは、動物へ顔を近づけたり、追いかけたりすることがあるため注意が必要です。
渡航前ワクチンを検討する人
一般的な短期旅行者全員に、渡航前の狂犬病ワクチンが必須というわけではありません。
一方でWHOは、狂犬病が流行している地域で、動物と接触する可能性が高い人や、曝露後治療をすぐに受けにくい遠隔地で活動する人について、渡航前の予防接種を検討する場合があるとしています。
例えば、
- 山間部や離島へ長期間滞在する
- 動物保護活動をする
- 野外活動が多い
- 洞窟でコウモリと接触する可能性がある
- 医療機関へのアクセスが悪い地域へ行く
といった場合です。
渡航前ワクチンが必要かは、旅行内容と健康状態によって異なるため、渡航外来などで医師へ相談してください。
なお、渡航前にワクチンを受けていても、動物にかまれた後の傷口洗浄や追加接種は必要です。
病院へ行って「不要」と判断されるのと、自己判断は違う
動物にかまれたからといって、必ず狂犬病へ感染するわけではありません。
診察の結果、状況によっては医師が特定の処置を不要と判断することもあります。
ただし、
医師が状況を確認して不要と判断すること
と、
自分で「たぶん大丈夫」と判断すること
は全く違います。
狂犬病だった場合、症状が出てから対応をやり直すことはできません。
迷った場合は、医療機関へ行くことが最も安全です。
まとめ:傷が小さくても15分洗い、すぐ受診
今回は、ホーチミン市で2026年上半期に狂犬病による死亡が5人確認されたニュースを紹介しました。
死亡した5人は全員、動物による曝露後に狂犬病ワクチンと抗狂犬病免疫グロブリンを受けていませんでした。
また、40%は傷口へ民間薬を塗ったり、「毒抜き」を受けたりするなど、不適切な処置をしていました。
犬、猫、サルなどにかまれたり、引っかかれたりした場合は、次の4点を覚えておいてください。
石けんと流水で最低15分間洗う。
できるだけ早く医療機関へ行く。
医師の判断でワクチンや免疫グロブリンを受ける。
民間療法へ頼らない。
血がほとんど出ていない。
傷が小さい。
飼い犬や飼い猫だった。
動物が普通に見えた。
これだけでは安全と判断できません。
狂犬病は、症状が現れる前であれば予防できる病気です。
しかし、発症してからではほぼ助かりません。
ベトナム旅行中は動物との距離に注意し、万が一かまれたり引っかかれたりした場合は、観光予定を変更してでも速やかに医療機関を受診してください。
参考情報
出典:ホーチミン市疾病管制センター「狂犬病発生状況に関する警告」
出典:ホーチミン市疾病管制センター「狂犬病――ワクチンを受けず毒抜きを選んだ代償」
出典:世界保健機関「Rabies」
出典:世界保健機関「Rabies vaccinations and immunization」
出典:世界保健機関「Animal bites」
この記事は、当YouTubeセカンドチャンネル動画をもとにしています。



